2012年8月24日金曜日

総合的な復学支援プログラム

812日の小児がん脳腫瘍全国大会で、エスビューローの「総合的な復学支援プログラム」について紹介する機会をもった。

私たちは、『ネットでeクラス』という遠隔集合学習システムを活用して、入院中および退院後の小児がん経験者の学習を支援する活動を3年間実施してきたが、学習塾などとちがってNPO法人がこのような学習支援を行うことの意味は、それが総合的な復学支援のプログラムの一環として行われているということだ。

「復学」は過酷な入院治療を終えた子どもたちにとっての社会復帰である。そうした人生の大事な局面における支援は、単に勉強を教えるだけではなく、医療面、心理面、人間関係的側面、社会制度的側面という四つの領域すべてにおいて必要な配慮と支援が提供されなければならない。
 
医療と関連した復学支援

エスビューローの「病弱支援チューター」(現在5名在籍している講師役の学習支援スタッフをこう呼ぶ)は、病弱教育支援冊子『病気の子どもの理解のために-白血病-』『病気の子どもの理解のために-脳腫瘍-』をテキストにした研修を受けている。


 また、入院治療を終えた生徒が退院して地元校に戻る前に、主治医と学校教員(管理職、養護教諭、担任教諭)間の関係者の連携を促進すべく「退院時懇談会」をコーディネートすることもある。

また『学校で知っておいてほしい小児がんの基礎知識』というDVDがあり貸出すこともできる。これは平成19年に東京と大阪で開催した復学支援セミナーの講座から制作したもので、復学の際に地元校の教員の方々に是非知っておいてほしい事柄に関する専門医からのメッセージだ。

 ■復学に関連した心理的な支援

入院したとき、復学するとき、復学した後(進級、進学を含む)というそれぞれの局面で、生徒の心理は大きく揺れ動く。エスビューローでは医療に関連した相談だけでなく学校や学習にまつわる親御さんからの相談も受けている。

昨年の夏の全国大会ではPTG(ポスト・トラウマティック・グロース:心的外傷後の精神的な成長)のセミナー(講師:長崎ウェスレヤン大学、開浩一先生)を開催、サマースクールの一環として中学生以上の経験者も参加して学んだ。4人の当事者が「闘病体験がむしろ自分自身の成長につながった面がある」という感想文を残してくれている。


 また昨年末から今週にかけて2名の大学生が試行的に「コーチング」を受け、否定的な感情との向き合い方について一定の成果が確認されている。

本年の全国大会においても尾形明子氏(広島大学教育学部講師)や山梨大学教授の谷口明子氏の講座を公開講座としたところ100名以上が参加し、小児がん患児・者の心理的課題とその対応についてともに学んだところである。

このような講座のDVDについても患者家族からの申し出があれば、無償で貸し出すことが可能である。

 ■復学に関連した社会的・制度的支援

現在、大阪市立総合医療センター7階すみれ病棟の「ゴールド・リボンe学習室」、日本大学附属板橋病院の「ゴールド・リボン学習室」、そして築地の国立がんセンター中央病院の「いるか分教室」の3か所にテレビ会議システムを利用した「ネットでeクラス」がつながっている。入院している高校生や院内学級の補習を希望する生徒等による利用が始まったところだ。

エスビューローの事務所に待機している病弱支援チューターとパソコンの画面でつながって個別学習指導を受けられるほか、自分の都合のよい時間に動画学習教材を見て自学自習すること(eラーニング)ができる。

 必要に応じてiPADを貸出したり、平成21年に制作した復学ガイダンスビデオを貸与するなど既存の制度の隙間を埋める取り組みを展開している。

 コミュニティや人間関係の支援

上記のような復学にまつわる医療、心理社会的支援に加えて、私たちが重きをおいているのが「コミュニティや人間関係の支援」だ。患者会などの自助グループによるこうした支援はこれまで社会的支援の一環と見なされてきたが、エスビューローでは社会的支援を(集合の)内面領域と外面領域に分けて分類している。それはその内面領域にあたるこの象限が極めて重要であるとの認識からきている。

エスビューローのミッションを表わすスローガンは「コミュニケーション&コミュニティ」である。「患者側と医師側の相互理解を促進し、双方の精神的負担の軽減を図ること」および「患児家族のQOLの向上」という経営目的のために欠かせないものが「コミュニケーション」と「コミュニティ」なのだ。

そのため『ネットでeクラス』でも隔週の日曜日に開催されるWebホームルームに力を注いでいる。これが大きな特長だ。そのホームルームを通じて大会で知り合った仲間同士が、その後も次第に絆を育んでいくことができる。東京や愛知の仲間ともテレビ会議の画面で出会えるのだ。

サマースクールとWebホームルームは、相互に補完し合う「小児がん経験者コミュニティ」なのだ。

今後はオフ会を活溌化し、学校の部活のようにグループ活動、サークル活動を多様化していきたい。「ネットでeクラス」を活用して、遠距離の仲間も参加できるようにしていければ、こんな楽しいことはないだろう。

以上が、エスビューローの「総合的な復学支援プログラム」の全体像である。

2012年8月19日日曜日

Give Peace a Chance ♪

Give Peace a Chanceとは今は亡きジョンレノンが1969年に作ったベトナム戦争の反戦歌である。
 
Give me a chance なら、もう一度チャンスをくれ、という意味だ。

 これにならってGive peace a chanceは直訳すると「平和にチャンスを!」という意味になる。それを意訳して「平和を祈ろう」というようなフレーズがあてられていることが多い。

 去る812日第5回小児がん脳腫瘍全国大会のエンディングで、ボランティアの熟年バンド(?)であるLBL(リトル・バイ・リトル・チャリティ)が指導してくれて、子どもたちが手作りマラカスでこの曲のリズムを演奏した。
 
サビの部分はこうだ。

 All we are saying is give peace a chance

All we are saying is give peace a chance

 この歌詞を、小児がん経験者である子どもたちにとって、どう解釈するのがいいだろうか?

Peaceを「平和」と訳してしまうと、日本語では「戦争」の反対語としての「平和」というニュアンスが強く、大会のエンディングにはやや違和感がある。

どう考えればよいだろうか?
 
Peaceには「平安」という意味もある。「心の平安」「心の安らぎ」という意味でPeaceが使われることも多い。

こちらの方がピッタリくる。すなわち「小児がんとの過酷な闘病経験を経てきた子どもたちとその家族に、心の安らぎを♪」という意味合いを含んだ歌詞となる、と。

ここまでは大会の前に考えていたことで、関係者にはfacebookで伝えていた。


そして、今日、神谷恵美子著「生きがいについて」の中に、哲学者ホワイトヘッドのいう「平和の体験」というキーワードを偶然みつけた。

そこでは「変革体験」(http://blog.zaq.ne.jp/nagamasa/article/240/)としての「平和の体験」が神谷氏によって解説されている。

以下に神谷氏によるAdventures of Ideas(邦訳「観念の冒険」)の巻末の「平和の体験」の抄訳、意訳の記述部分を引用する。(神谷恵美子著「生きがいについて」P254255
 
ここで平和といっているのは単なる無感覚の消極的な概念ではなく、魂の「生命と動き」の積極的な感情である。それはある深い形而上的な洞察によって感情がひろくされることを意味する。この洞察がどんなものであるかを言葉で言いあらわすことはできないが、それはもろもろの価値に対して重要な統合作用を持つ。

 平和の体験によってひとは自己にかかずらうことをやめ、所有欲に悩まされることがなくなる。価値の転倒がおこり、もろもろの限界を超えた無限のものが把握される。注意の野がひろくなり、興味の範囲が拡大される。その結果の一つとして、人類そのものへの愛が生まれる。

 人類は高度に発達した精神を持っているため、ただ生存を享受してたのしんでいることはできなくなり、そのたのしみには必ず苦痛や悲劇がからみあっている。平和(の体験)はこの悲劇に対してつねにいきいきとした感受性を保ちつづけさせ、現実のレベルを超えた理想を志向せしめる。(引用ここまで)

この中の「深い形而上的な洞察」「言葉に表現されえない」こと、「統合」作用、「価値の転倒」、「無限性の把握」、「注意の野の広がり」、「人類そのものに対する愛」、「生命と動き」、「現実を超えること」などが、彼女のいう変革体験と共通した特徴であるとしている。

このような体験としてのPeaceを祈る曲であれば、小児がん脳腫瘍全国大会のエンディングとして、まさに本意である。

ジョンレノンの作ったこの曲のAll we are saying is give peace a chanceというフレーズには、このような無限への憧れと祈りがいくらかなりとも込められているのではないか、と私は考えたい。

LBLの皆さん、意義深いプログラムを提供いただきまして、本当にありがとうございました!

2012年8月17日金曜日

大切な臨床研究情報の公開


先日、梅田スカイビルで行われた小児がん脳腫瘍全国大会で、「小児がん拠点病院のあり方」に関してタウンミーティングがもたれた。梅田スカイビル36階の会場に100名以上が参加していたと思う。私と当団体(エスビューロー)の安道さんはファシリテータとしてこのミーティングに関わった。



みんなで考えようこれからの小児がん医療Ⅱ


このテーマに関しては3年前に神戸国際会議場で実施した第2回小児がん脳腫瘍全国大会から幾度となく議論を尽くしてきた。「小児がん拠点病院のあり方」については中核機関、拠点病院、協力病院の3層構造で全体像の案が示されており、全国の拠点病院数は10か所となっている。




 拠点病院の要件としていくつかの備えるべき機能があげられているが、その中のひとつに「臨床研究情報の公開」がある。これは患者・家族にとって大切な情報だ。小児脳腫瘍や固形腫瘍の希少がんなどはまだまだ標準治療が確立されていないものも多いからだ。

 次のように書かれている。(以下引用)



臨床研究などを行っている場合は、次に掲げる事項を実施すること。

ア 進行中の臨床研究(治験を除く。以下同じ)の概要及び過去の臨床研究の成果を広報すること。

イ 参加中の治験について、その対象であるがんの種類及び薬剤名等を広報することが望ましい。

ウ 臨床研究を支援する専門の部署を設置していることが望ましい。

エ 臨床研究コーディネーターを配置し、ブロック内の協力機関とも連携し、ブロック内の臨床研究を推進すること。

(引用ここまで)


近い将来こうなることが望ましいのはいうまでもないが、では現在、臨床研究の情報はどこかにまとめて公開されているのだろうか?たしか国立がん研究センターに何かあったのではないかと調べてみると「国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス」の中に「がん関係の臨床試験(小児)」というページがあった。



1相試験から第Ⅲ相試験までとその他をあわせて全部で37件の臨床試験について情報が公開されている。(何だか少ない感じがするが…)


主要な個別の病院ではどうなのだろうか?私が外部委員として臨床研究倫理委員会倫理委員をさせていただいている大阪市総合医療センターでは、次のように公開されている。


小児血液腫瘍科だけで30以上の臨床研究・治験が実施されていることが分かる。


倫理委員を務めさせていただいて3年目になるが、審議させていただく試験の中には「これはいいな」と感じる試験も多い。こうした情報を適切な形で患者家族が知ることができたなら「治療の選択」にかなり役立つことは間違いないだろう。



(「みんなで考えよう!これからの小児がん医療Ⅱ」のアンケート結果については、まとまり次第エスビューローのホームページに掲載していく予定です。)